堀上香(字幕翻訳家)プロフィール

1965年神奈川県生まれ。
字幕翻訳家 岡枝慎二先生に師事、1997年よりフリーランスとして映像翻訳の仕事を始める。

代表作:「42ndストリート」「シー・ラヴズ・ミー」「ホリデイ・イン」「僕たちのラストステージ」「私のちいさなお葬式」「白い暴動」「スター・ウォーズ クローンウォーズ」シリーズ

岡崎哲也(松竹株式会社 常務取締役)プロフィール

1961年東京生まれ。
3歳半から歌舞伎座に通う。84年松竹入社。三十年あまり歌舞伎の制作に携わる。2015年より常務。
川崎哲男のペンネームで、歌舞伎、舞踊の脚本を執筆。第43回大谷竹次郎賞受賞。

趣味はクラシック、ジャズのレコード収集、2017年から季刊「ステレオサウンド」誌に「レコード芸術を聴く悦楽」を連載中。

岡崎:

松竹株式会社の岡崎と申します。本日は宜しくお願い致します。

堀上さん:

字幕翻訳家の堀上と申します。宜しくお願い致します。

岡崎:

早速ですが、字幕翻訳家を志されたきっかけは何だったのでしょうか?

堀上さん:

元々、映画の仕事に携わりたいという思いがあったのがきっかけです。

岡崎:

語学は元々、ご堪能でしたか?

堀上さん:

母親が英語の教師をしていましたので、小さい頃から英語には慣れ親しんでいました。

岡崎:

そうだったんですね。
小さい頃に映画館でご覧になった映画の中で、忘れられない作品はございますか?

堀上さん:

『バンビ』です。
でも映画館が満員で立ち見でしたので、座席の後ろの方で観ていたのですが、まだ小さかったのでスクリーンが何も見えなかったという記憶があります(笑)。

岡崎:

字幕翻訳家のお仕事の一番の面白さはどこに感じていらっしゃいますでしょうか?

堀上さん:

本当の事を言いますと、字幕翻訳の仕事は大変な事が多いですね(笑)。
特に大変なのは情報を削らないといけないという事です。
最大で6秒しか字幕は表示されないので、その6秒の表示時間で全てを伝えきるというのが大変です。
セリフを1つ1つ正しく訳せば正解というものではないのです。
お客様が映画の流れを理解できて、俳優さんの演技もダンスも観て頂くとなると、字幕は邪魔になってしまう可能性がありますので、いかに邪魔にならないようにするかが翻訳する上でとても大事になります。
何も考えなくてもスッと入るような字幕を作るというのが凄く苦労していますし、そういう苦労がある分、思った通りにハマった時にはとても嬉しいですね。

岡崎:

“6秒の世界”ということを初めて知りました。字幕翻訳というのは“6秒の芸術”なんですね。
お話をお伺いして、字幕翻訳家のお仕事は、作詞家に似ていると感じておりますが如何でしょう?

堀上さん:

そうかもしれませんね。
字幕を作る時に五・七・五で入れるとうまく流れるんです。
逆に、うまくいったなぁと思ってみると五・七・五になっている。
五・七・五にすると読みやすいし頭に入ってくるんです。

岡崎:

なるほど、それは面白いですね。
例えば『42ndストリート』に「The Boulevard of Broken Dreams」のような有名な歌がありますが、映画字幕として歌詞を訳す場合のご苦労をお聞かせ頂けますか?

堀上さん:

歌詞を訳す時は、ミュージカルのストーリーに合わせなくてはいけないし、俳優さんの表情にも合わせなくてはいけない。

また定訳もありますし、ファンの方々が好きな訳もあります。ですので、自分でできる限り情報を集めて、色んな訳を読んで、それを一旦自分の中で咀嚼して、自分なりに解釈してから字幕を作るようにしています。
ですので、お客様には新しい字幕だとしても、定訳と違うと思うのではなく、それを楽しんで欲しいと思っています。

歌詞というのは色んな“含み”があって、多くの人が“これは自分の歌だ”と思うような歌詞が一番ヒットする、という話を音楽雑誌の記事で読んだことがあります。
お客様が見て納得する訳を色々と考えながら歌詞の字幕を作っています。

岡崎:

非常に面白いお話ですね。

私も随分前に、作詞家の岩谷時子さんと色々なお話をさせて頂いた時に、越路吹雪さんの『愛の讃歌』の話になりましてね。その時、岩谷時子さんは「越路吹雪さんの『愛の讃歌』は、エディット・ピアフの『愛の讃歌』とは全然違う世界を作ったのですよ」と言われて。
エディット・ピアフの歌詞とは違う歌詞を歌っているのですが、それが越路さんにはピッタリだったし、自分もそれで良いと思ったと仰っていました。

それを聞いて作詞家の仕事というのは、自分の感性でクリエイトする仕事だとしみじみ思ったのですが、それと同じことですね。
「The Boulevard of Broken Dreams」(「夢破れし並木道」)を訳される時は何度も推敲されたんですか?

堀上さん:

自分なりに色々と推敲はするんですが、歌詞を決める時は一番最初に思い付いたものが一番良い事が多いですね。

岡崎:

閃きですね。
例えば『シー・ラヴズ・ミー』のような女性2人が同時にそれぞれの思いを違う歌詞で歌うのを訳す時のご苦労はございますか?

堀上さん:

日本の字幕というのは1枚に1人しか出せないという原則のルールがありまして、同時に2人の字幕を出すことが出来ないのですが、今回は相談をさせて頂いて、少しだけ2人同時に字幕を出すことをやらせて頂きました。
そうしないと面白くなりませんからね。
字幕を同時に出してゴチャゴチャになって分からなくなってしまう場合は、話の筋を優先して入れるようにしています。
3人一緒になったら困りますけどね(笑)。

岡崎:

歌舞伎でも2人のヒーローなりヒロインがいて、花道と舞台、あるいは上手と下手で、いわゆる“割台詞(わりぜりふ)”で、7・5調のセリフを交互に言い合う場面があるんですが、舞台中継をする時に一番苦労するのはカット割りなんです。
ただ喋っている人を映すだけだと忙しくなってしまうので、ある時、2人を画面の中で半分ずつ割って映してみたんですが、とても絵としてつまらなくなってしまって。舞台の奥行感や深み、ゴージャス感が全然伝わらないという事がありました(笑)。
歌の翻訳とセリフの翻訳のニュアンスの違いは何かありますか?

堀上さん:

歌の翻訳は雰囲気の出る言葉を選んだ方が良いですね。
それと倒置法にすると雰囲気が出るんです。
「私は、あなたが好きなの」ではなく、「あなたが好きなの、私は」みたいにすると雰囲気が出て良くなるんです。

岡崎:

ああ、倒置法がスパイスになって、感情や画面の空気感が伝わるという事ですね。
歌のリズム感やテンポを出す場合の字幕のご苦労はありますか?

堀上さん:

普通のセリフはブレス(息つぎ)で切ったりするのですが、歌の場合は2小節ずつとか4小節ずつに切るようにしています。
同じ長さで切っていくことで、字幕表示のリズムを出すという事を私はこだわってやっています。

岡崎:

堀上さんは音楽もなさっていたから、そういう事が出来るんでしょうね。
音楽的なものが体に入っていないとミュージカルの字幕は出来ないと思います。
それと字幕というのは“生き物”だと思うのです。その“生き物”を作る字幕翻訳家の方は俳優さんと一緒に舞台で共演されているのと同じだと思います。
そこが字幕翻訳家の仕事の魅力だと思いますが、如何ですか?

堀上さん:

カーテンコールの時に自分も舞台に上がりたいと思いますよ(笑)。

岡崎:

ご自身が字幕翻訳をされた作品を初めて観る時は、どんなお気持ちですか?

堀上さん:

毎回、冷や汗ダラダラです(笑)。
いつも観終わった後に、もっと字幕をカットすれば良かったとか、俳優の表情に任せるべきだったとか思ったりしますね。

岡崎:

色々とお話をお伺いして、字幕に色気があるとか、字幕に香りがするとかという事が分かったので、それを見るのもひとつの楽しみだと思いました。

堀上さん:

ありがとうございます。
昔は俳優の気持ちになって字幕を作っていましたが、それではダメだと気付きました。今は、監督のそばにいて、監督の気持ち・目線になって考えないと良い字幕は作れないと思っています。
そうすれば字幕に流れが生まれ、余計なものを削ることが出来る。
一番大切なことは、お客様に楽しんでもらうことだと思っています。
どんなに字幕が正確でも、作品自体を楽しめなければ意味がありませんから。

岡崎:

歌舞伎のイヤホンガイドと似ていますね。
お客様が一番楽しんで頂けるものは何か、ということに相通ずるものがある気がします。
本日は本当に良いお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。
今後もお力を貸して頂きたいと思っております。