岡崎:
松竹株式会社の岡崎と申します。本日は宜しくお願い致します。
岩辺さん:
字幕翻訳家の岩辺いずみと申します。宜しくお願い致します。
岡崎:
そもそも字幕翻訳家を志されたきっかけは何だったのでしょう。
岩辺さん:
もともと映画が好きで、字幕翻訳に興味がありました。
大学を卒業した後に、女性誌などのライターのお仕事をやりまして、その頃に映画や演劇、人物インタビューの記事を担当した時に、色々な映画を観るようになり、字幕を凄く意識するようになりました。数多くの字幕の中でも好きな字幕というのがありまして、それがいつも石田泰子さんの字幕だったんです。石田泰子さんの字幕が凄く好きで、そこから真剣に字幕翻訳を志そうと思いました。
岡崎:
最初にされた字幕のお仕事は覚えていますでしょうか。
岩辺さん:
最初のお仕事はCMの字幕でした。
カンヌで世界中のCMの中から賞を選ぶという広告祭がありまして、それを日本で開催した際に、世界中から選ばれたCMに字幕を付けたのが最初ですね。
岡崎:
字幕のお仕事はある限られた秒数の中で、その映画の香というか空気を生かした日本語にしなくてはならないというご苦労があると思うのですが、如何でしょう。
岩辺さん:
字幕を付ける上で一番大事なことは、“映像の邪魔をしない”ことだと思っています。全部翻訳しようとすると情報過多になってしまいますので、そこからどれだけ間引いていくかが大切ですね。それと、英語は話せなくても単語だけ聞き取れる方もいますので、理想は単語が聞こえた時に、その日本語の字幕の部分が読めるようなタイミングで字幕を組んであげると、観た方が英語を理解したと思えるんですよ。ですので、なるべくそこを合わせられると観ている方のストレスにならない字幕になると思っていますので、そこを意識して字幕を付けています。
岡崎:
そういうものなんですね。
話は変わりますが、「シラノ・ド・ベルジュラック」ついてお伺いします。「シラノ・ド・ベルジュラック」は日本でも戦前に歌舞伎俳優の市川左團次(2代目)が、戦後は尾上松緑(2代目)が演じたりしまして、日本のお客様にとっても非常に親しみのある作品だと思いますが、「シラノ・ド・ベルジュラック」の字幕翻訳をされて如何でしたでしょうか。
岩辺さん:
凄いプレッシャーでしたね(笑)。
言葉がきれいな作品ですので、それをどう生かして伝えられるかを考えに考えて翻訳しました。それが伝わらないと面白くありませんから。
岡崎:
言葉の美しさ・・ニュアンスと申しますか。
字幕翻訳される際に、過去の翻訳作品を参考にすることはございますか。
岩辺さん:
そうですね。
図書館に行ったりして、なるべく手に入るものは手に入れるようにしています。それで訳を比べたり、訳注を参考にしたりします。字幕翻訳の仕事は、訳す期間が凄く短いんです。ですので、一から調べていたら間に合わなくなってしまうので、訳注はかなり参考にしますね。
岡崎:
そうなんですね。
舞台に漂う当時の時代背景みたいなものも、お調べになるんですか。
岩辺さん:
調べますね。 訳す時間よりも調べている時間の方が圧倒的に長いです。仕事を始めた頃はインターネットが普及していなかったので、あちこち図書館に行って調べたり、詳しい方を見つけて聞くとか、とにかく色んな手段を講じていました。
岡崎:
そうしたご苦労があるんですね。外国語のセリフというのは、韻を踏むとかブレス(息つぎ)など演じられる言葉が最も生きるように出来ていて、日本語には日本語の美しさがあると思うのですが、その外国語と日本語をリンクさせるご苦労はなんでしょう。
岩辺さん:
そうですね。
外国語と同じように日本語でも全部韻を踏んでいくと煩くなってしまうので、ポイント、ポイントで韻を踏むように訳しました。
岡崎:
特に日本人が好きだと言われている七五調とか、古文的な言い回しとかをエッセンスとして使ってみようと思われたりされましたか。
岩辺さん:
そうですね。
やはり七五調は日本語だと一番リズムが分かり易いと思いましたので、そこは意識して訳しました。また字幕はあくまで“読むもの”ですので、読んだ時に読みやすいというのを意識しました。
岡崎:
翻訳のお仕事中、または翻訳をされていない時に、“ふっ”と考えが浮かんだりする事はございますか。
岩辺さん:
ありますね(笑)。
散歩に出ている時やお風呂に入っている時などリラックスしている時に思い浮かぶ事が多いですね。でもそれは常に考えているから出てくるんだと思います。
岡崎:
「シラノ・ド・ベルジュラック」は、バラエティに富んだ個性的な登場人物が出てきますが、各役に対する翻訳家としての思い入れはございますか。
岩辺さん:
そうですね、やはり思い入れの出てくる役はあります。
「シラノ・ド・ベルジュラック」については、ケヴィン・クラインにガッツリ思い入れがありましたね。
岡崎:
私もケヴィン・クラインが作ったシラノという役は大名演だと思いましたね。やはり翻訳というお仕事は、出演している方に惚れた方が良い翻訳が出来たりしますでしょうか。
岩辺さん:
そうだと思います(笑)。
惚れた方が断然良い訳になりますね。この人には“こういう事を言わせたい”とか、“こういう風に言うだろう”とか、自分が役になりきれますから。
岡崎:
やはり、そういうものなんですね。
岩辺さん:
それと大学の卒業論文が「シラノ・ド・ベルジュラック」だったんです(笑)。
ですので、「シラノ」の字幕翻訳のお仕事を頂けて本当に嬉しかったんです(笑)。
岡崎:
是非、その卒業論文を読まさせて頂きたいですね(笑)。
次に「ロミオとジュリエット」のお話をさせて頂きますが、この作品を翻訳された時の思い出は何かございますか。
岩辺さん:
シェークスピア作品を訳すというのは荷が重かったですね(笑)。
研究されている方も数多くいますし、良い訳もたくさん出ていますので。今回のデヴィット・ルヴォー演出の「ロミオとジュリエット」は時代設定が分からないといいますか、現代的でしたので、言葉も古い言葉は使わず現代的な言葉を使いました。ただ崩しすぎないようには意識して翻訳しましたね。
岡崎:
確かに、今回の「ロミオとジュリエット」はデヴィット・ルヴォー演出でしたので、今までの「ロミオとジュリエット」とはだいぶ違っていたように感じましたね。
岩辺さん:
そうですね。コミカルな要素も多くて、俳優の動きも多かったですね。あとオートバイが登場するとか(笑)。
岡崎:
私もまさかオートバイが出てくるとは思いませんでしたね(笑)。
「ロミオとジュリエット」という古典とデヴィット・ルヴォーの演出がひとつになって不思議な感じがしましたね。
岩辺さん:
それと舞台を撮影した映画というのは、舞台を観ている観客の笑いが聞こえますよね。それが字幕を付ける上で非常に難しいんです。観客が笑っている時に、ここは笑うことを言っているというのを分かるように訳さないといけないというのが難しいですね。
岡崎:
それは良い話を聞きました。
映画を観ているお客様も、舞台のお客様と同じ空間にいると思えるように訳さないといけないという事ですね。それは大変ご苦労だと思いますが、逆に言えば字幕翻訳家のお仕事の醍醐味とも言えるのではないでしょうか。
岩辺さん:
私もそう思います。舞台と観客の一体感が伝わるように訳しています。
岡崎:
舞台、役者、オーディエンスの一体感というのは非常に大切なことですね。
岩辺さん:
凄く大切なことだと思います。
岡崎:
今後も日本のお客様にブロードウェイの作品を紹介していきたと思っておりますので、今後とも宜しくお願い致します。
岩辺さん:
こちらこそ宜しくお願い致します。